医学部合格体験ストーリ

E判定からの医学部合格

前橋高校卒・浪人生

医学部合格ストーリー2 浪・ Y 君・医学部合格


ボクは高校時代、地元では一流の高校に行き、高校時には大手進学塾にも数カ所通っていた。1年時からさぼっていた訳ではないけれど、高校3年生の春には現役での医学部合格は無理だと理解していた。けれど、浪人すれば合格できると信じていたので、それほど不安に思うことなく 一浪時には都内の大手予備校に入学した。

大手予備校の選抜クラスであれば、ほぼ確実に医学部に合格できると信じていた。

浪人1年目の夏、大手の医学部専門コースに入ったのだから、今年の受験はなんとかなるだろうと考えていた春は過ぎ去った

夏に衝撃の事実を知る。それは、大手予備校でさえ、医学部合格率は2割程度。それも、全国の有名高校からの選抜者ばかりのクラスでさえ、2割だったのだ。

入学から数ヶ月経ってもボクの成績は上がることもなく、予備校で誰かと話す機会もなく、参考になるような学習アドバイスを受ける事もなく、ただ、時間だけが過ぎた。

夏、だんだん焦りが出てきたけれど、何をどうすれば改善出来るのかもわからなかった。

秋、ボクはまた合格できないことを予感した。

冬、結局、また医学部に合格できなかった。

体重は10キロ増え、痩せていた僕はどうしてしまったのだろう? そして、お肌も汚くなっていた。両親は都内にいたボクを心配して、群馬県に連れ戻した。

当時弟が通っていた博塾長の塾&予備校に入学することになった。

2浪目、ほぼ無理やり群馬県の医学部専門塾&予備校に入学させられた。塾長先生がものすごく高学歴(コロンビア大学合格。ボストン大学スキップ卒業)なので、とりあえず親のすすめで博塾長の予備校に行った。

正直、驚いた。いろいろな面で普通の予備校ではなかった。

塾長の博先生は自信満々で、なんとなく不思議な雰囲気を醸し出していた。

「とりあえず一番高いコースで毎日レッスンしますか?」と言われた。両親は喜んで入塾させた。高い授業料だったけれど、親はこの金額で医学部に合格できるのであれば安いと思っていたらしい。

数ヶ月後、博先生の言うとおりに学習した。ハードな学習だったけれど、博先生に決められたスケジュールで生活するようになった。不思議とボクの生活はとても楽しくなった。

A判定がすぐにとれるようになった訳ではないので、不安はあったけれど、成績は上がってきた。何とかなる気がしてきた。

そして夏が過ぎ、秋が過ぎ、必死に勉強する日々が続いた。授業はスパルタ。女性なのに、めちゃめちゃストレートの博先生。全てが直球の人だ。

博先生のスケジュール通りに学習していたら、模擬試験の判定は月毎に良くなってきた。

冬、風邪を引かないように必死に体調を整え、医学部を受験した。毎日マスクで体調管理を徹底した。

入試か終わり、ようやく医学部に合格できた時は本当に嬉しかった。やっとほっとできた。

進学することになったのは、第一志望の医学部ではなかったけれど、春の成績からすれば、上出来だった。一人での医学部は不安だったので、博先生に相談すると、同じ医学部に合格している同級生を紹介してくれた。これで入学後も知り合いがいるので安心だ。

大手予備校ではずっと一人だったから、合格できて知り合いも出来て、本当に嬉しかった。
博塾長には本当に感謝している。たぶん、気の弱い僕は大勢の中の一人だったとしたら質問も出来ないまま、医学部合格も無理だったと思う。

本当にありがとうございました。感謝の気持ちでいっぱいです。

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